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沈堕の滝ー3(大分県豊後大野市) 09:08

前回は

 

→ 沈堕の滝ー2(大分県豊後大野市)

 

滝の展望所から、公園化されている発電所跡付近へと戻ります。

 

7kmほど直線距離で上流にある原尻の滝は、道の駅もありかなりの人出となりますが、こちらは比べますと訪れる人も少なく、静かでのんびりできますね。

滝の規模からしたら、もっと賑わっても良いのではと思いますね〜

 

発電所跡遺構へと続く遊歩道も整備されてます。

 

明治42年(1909年)に水力発電を開始。

発電された電気は、大分、別府間の路面電車に送られて、日本の近代化に役立てられたそうです。

 

 

発電最盛期には、滝上の堰がより高かった模様で、滝が崩落すると困るとして滝への落水を止めていたそうですよ。

長いこと水の流れない崖状態だったんですね。

 

その後、滝の復活を願っていた地域の方々の働きかけで雪舟の鎮田瀑図の「垂直分かれて十三条をなす」となるよう修景工事が行われ、今の姿が復活したという状況なんですね。

 

明治42年から残る姿。

人工物でありますが、長い年月にて自然に溶け込んだ感がありますねぇ。

 

天空の城ラピュタを連想した私...^^

 

蔦が雰囲気を高めてますね〜

 

おまけ。

立派なコイが泳いでました^^

 

 

つづきます^^

 

→ 沈堕の滝の場所(マピオン)

 

 

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沈堕の滝ー2(大分県豊後大野市) 09:26

前回は

 

→ 沈堕の滝ー1(大分県豊後大野市)

 

道路沿いの展望所から移動して、公園として整備されている発電所跡に行ってみます。

駐車場も広くはありませんがあります。

 

滝の近くまで行ける遊歩道が整備されています。

ちょうど発電所跡付近です。

 

先の記事で...

 

こちらの写真をアップしてましたが、この建物の上側に来ている感じです。

窓の形が左側に写っていますが、なんと屋根はなかったのですね〜(道路沿いの展望所からはちょうど木々に隠れて見えず、まさか屋根がないなんて...という感じ)

 

角度違いでもう少し発電所跡を...まさに遺構といった雰囲気。

 

発電所跡の遊歩道反対側。

ここから発電用の水を勢いよく取り込んでタービンを回していたもの...と思います。

 

きっと...滝上から取水した水を流されていた水路。

ただこのあたりは水路が分かりますが、もう少し上流側では分からなくなってます。

発電を終えた際に埋めたり等されたのかな?という気もします。

 

少し進むと遊歩道はこうなります。

 

2、3分で展望所に到着。

ここまでは沈堕の滝(雄滝)に接近できます(この先は崖ですね〜)

 

滝の上には発電用取水のための堰の跡。

人工物ではありましょうが、綺麗な水のカーテンといった雰囲気で特徴になっていると思います。

 

滝を構成する岩は、阿蘇山の9万年前の噴火による火砕流でもたらされた溶結凝灰岩とのことで、滝はその岩壁が崩落してできたとされています。

 

この日の水量は...直近の雨量などから平均的なんだろうなぁと思って眺めてきました。

 

つづきます^^

 

→ 沈堕の滝の場所(マピオン)

 

 

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沈堕の滝ー1(大分県豊後大野市) 14:12

久しぶりのスポット訪問...

 

はい、こちら、沈堕(ちんだ)の滝。

 

大野川の中流域にある滝で、幅のある立派な瀑布であります。

(直線距離で7kmほど離れた上流側には、有名な原尻の滝がありますね)

 

道路沿いの展望所からのショットですが少々離れてまして...

 

こんな位置関係にあります。

 

正面に見えるのは雄滝、上の写真では見えませんが右手に支流がありまして、すぐのところに雌滝があります。

 

こちらが雌滝。

 

雄滝は高さ約20m、幅約100m

雌滝は高さ約18m、幅4m

 

とのことですよ。

 

ひとつ前の写真に写ってますが、発電所があったことがわかる遺構が残っています。

沈堕発電所跡です。

 

現地案内板より。

 

600年ほど前に、雪舟がこの地で水墨画を描いたとされていて、現物は関東大震災で焼失しているとのことで残念ですが、案内図右上のような水墨画だったようです。

「垂直分かれて十三条をなす」と表されたという沈堕の滝、雪舟は「鎮田瀑図」としていたようで、沈堕と鎮田との違いなど興味があるところ...(不明です)

 

案内図の一部をアップ。

今では発電所放水口から水が流れることはないのではないかな〜と思いますが、雄滝、発電所跡、雌滝の位置関係が分かります。

 

雄滝をアップしてみますと、滝の上部には堰らしき構造物が横たわっているようですね。

発電所と関係深い遺構であります。

 

つづきます^^

 

→ 沈堕の滝の場所(マピオン)

 

 

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御輿来海岸「干潟景勝の地」(熊本県宇土市) 21:02

1月20日こと、不知火〜上天草市(大矢野)と訪れた帰りの途中にふと立ち寄りました。

 

幹線道路から見えるちょっとした小高い山に赤い鳥居群、お稲荷さん(稲荷神社)があるな〜と前回も思ったところ、よし行ってみるか!という具合です。

 

しかし、すご〜く道が狭かったです。

そもそもこじんまりとした小山、道路も広く作れないといった感じで普通自動車ではあまり訪れたくないところでした(軽自動車でよかった)

すれ違うのも大変だよね、と思って訪れましたが、撮影者が多くなる時期は一方通行の交通整理が行われる感じでしたね。

 

小さな看板を頼りにくねくねと狭い道を上ること数分?

お稲荷さんのところまでやってきましたら、展望台がありました。

ということで、まずは展望台のご紹介^^

 

この日は、他には誰もいませんでした。

 

この展望所はまったく知らないでやってきましたが、どうやら御輿来(おこしき)海岸を一望できる「干潟景勝の地」というスポットみたいです。

 

訪れたこの日は、あまり潮の動きも大きくなく、またあまり引いてない頃合いでしたが、砂紋を見ることができました。

もっと沖までこの砂紋が広がる様子は見ごたえあります。

 

現地案内板の写真より。

 

ちなみに下記サイトで立春の頃合いが特に見ごろとの紹介がされてましたので、まさに今頃でしょうか。

 

→ 「ゆる〜っと ぶら〜っと うと物語」のサイト

 

 

別の案内板です。

磁石で夕日の沈む位置を示してあります、どなたかが日々更新されているのでしょう。

訪れた日から半月ほど経過してますから、沈む位置は少し右側に移動していることでしょう。

 

(現地案内板より)

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御輿来海岸の名前の由来は、景行天皇が九州遠征の際、三日月形の砂紋の美しさに御輿を駐めて魅入られたという伝説よりつけられました。

ここ、干潟景勝の地展望所に設置された「おこしき月弓の鐘(つくゆみのかね)」は、日本神話にでてくる月の神様「月弓(つくゆみ)の尊」から命名されました。

景行天皇も「月弓(つくゆみ)」によってこの御輿来海岸に導かれたのかもしれません。

夕陽の光景も素晴らしいのですが、昼間の雄大さと併せ、月夜の干潟もとても美しく心があらわれるようです。

1,600年以上もその姿を変えることなく、人々を癒し続けてきた御輿来海岸。

皆様の末永く変わらぬ幸せを「月弓(つくゆみ)」に届くよう願いを込めて鐘を響かせてみませんか。

 

※日本書紀では月の神を「月讀」(つくよみ)「月夜見」(つくよみ)「月弓」(つくゆみ)などと記されており、御輿来海岸の砂紋が三日月の形をしているため、「月弓の鐘」といたしました。

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あちゃっ!

寒かったので、月弓の鐘、鳴らさずに後にしてしまいました(--;)

 

→ 御輿来海岸 干潟景勝の地の場所(マピオン)

 

 

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祐徳稲荷神社2019 08:47

昨年は1月21日に新年の参拝をしておりましたが、今年は13日に訪れました。

 

雨交じりのお天気だったからでしょうか、思ったより人出はおとなしかったですね(^^)

 

今年もうまくお金をのせることできました〜

雨により窪み部に水が溜まっていたので、弾いたり転がったりで落ちてしまうところも水につかまって留まる、というケースが多かったですよ。

 

体力のバロメーター?

祐徳稲荷神社本殿の裏手山上にある奥の院に今年も参拝。

 

本殿から250mほどあるでしょうか、急こう配の階段が続くのでかな〜り息が切れます。

チビ助が小さいころは余裕で勝ってましたが、今では負ける(--)

 

訪れたときはどんより曇ってましたが、奥の院から戻った頃は青空も(左手に写るのが本殿ですね)

 

今年もよろしくお願いします(ぺこり)

 

 

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押戸石(熊本県南小国町) 09:40

前回の、これはポツンと一軒家級^^のカントリーハウスカフェBEARから次に向かったのが...

 

押戸石(おしといし)の丘

 

BEARさんのある大分県から熊本県へと入ってきました。

阿蘇から九重一帯に広がる丘陵地帯にあります。

 

あの辺りが押戸石の丘。

写真からは、やや左手奥に石が並ぶ一帯があるのです。

 

NPO法人 押戸石の丘さんが管理(?)されていて、入場料200円が必要。

 

案内に従って進み、ソリみたいなのに乗って滑ると楽しそうな勾配の坂を上ると、丘の頂部一帯に石が並んでいます。

 

丘の尾根が織りなす景色が美しい^^

 

はい、案内板^^

 

押戸石を紹介されているページ(押戸石の丘:南小国商工会のHP)によれば、

 

・平成元年2月、南小国町教育委員会は、この巨石に不思議な線刻文様があることを見つけました。

 (これがシュメール文字ではないか?とされています)

・山頂一帯にある巨石群は、人工的に配置された9組の環状列石遺構であることがニューヨーク州立大学のライル・ボルスト教授によって確認され、ユネスコ岩石芸術会をはじめアメリカやカナダの岩石芸術学会、日本ペトログラフ協会等の国際学会で先史時代の巨石文化遺跡であることが認証されました。

・山頂の太陽石から南西方向に下る山腹の直線上に、約5m間隔で岩石が直線配列されており、”クロムレック”(”環状の石”の意)とも呼ばれています。

 

との紹介。

つまりは、ここの岩々は自然にあるわけではなくて人工的に置かれている歴史上意味ある一帯なんだよ、ということみたい。

 

シュメール文字は、紀元前3200年頃からあったのではとされるメソポタミア文明で使われいた楔形文字(くさびがたもじ)。

そのシュメール文字が押戸石の丘の石群に刻まれている、というのだから、ロマンがあるというから神秘的というか。

ま、どこかに「それ、ほんと〜?」と思う感覚もないといえば嘘になりますが(笑)

 

はさみ石。

嘘つきが間を通ると挟まれるという言い伝え(私も無事に通れました)

 

このはさみ石の間を、夏至は日がのぼり、冬至は日がしずむ、とのこと。

 

シュメール文字が刻まれている、鏡石。

 

一度訪れたことがあるゆったり人X号さんが、「前回探しきれんかったのよ、探すまで帰れないばい!」と気合いを入れられたこともあって、ぐるぐるとこの岩を回ってはどこだどこだ、まさか上の方で岩に上らないとわからないのでは?等とせっせと探してましたが分かりません....

「わからないね〜」などと言いつつ、冷静になった1名が立て看板の意味に気づきました(爆)

 

ちゃんと看板で「ここですよ」と案内されてるじゃん!!!

 

なかなか見つからないという前提になっていたもので、まさか回答が示されているなんて思いもよらず?

こんないかにもという案内があるのに...なぜそれに気づかなかったのだろう(大人数名いて...)

 

これも神秘なパワーの影響を受けたためではなかろうか...(感受性豊かなゆかいな仲間たち)

 

こちらが太陽石。

入場料を払うところで方位磁石を借りられます。

磁石を持って太陽石を回ると、方位磁石のNが石に引き付けられる一角があります。

鉄鉱石を含んでいるのかな?

 

ここが「規則性がある」と認められた”クロムレック”ではなかろうか。

ふうむ、なるほど...

 

遠くに見える山(中央より右手)が阿蘇五岳ですね。

とにかく、見晴らしがよくて気持ち良いところですよ〜(訪れた日は寒かったけど)

 

押戸石の場所(マピオン)

 

 

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これはポツンと一軒家級^^ 23:43

ゆったり人X号さんお誘いのプチドライブ。

前回の菅原天満宮もその道中に立ち寄ったところ...

 

そのゆったり人X号さんがまずは目指すところは...

 

BEARさん。

ネット上ではカントリーハウスカフェなんてご紹介もありましたが、ほんとそんな感じ。

感じの良いご夫婦(ちょいとご年配)で営まれております。

以前は福岡市内でお店を出してあったようなんですけどね。

 

店内には暖炉があって...

 

オープン前に訪れたものだからどこの席でもOK^^

店主から、寒いからどうぞと開店前から入れて頂きゆっくりとさせて頂きました。

 

その後、食事を始めるころには、数組のお客さんが来られてました。

 

頂いたのは、ハンバーグカレー^^

野菜がシャッキシャキだったのが印象的、もちろんカレーも美味しかったですよ〜

 

ゆったり人X号さん推薦のチーズケーキ、ほんのり甘くチーズケーキによくある重たさをあまり感じさせない絶妙なお味。

コーヒーに合います、これ正解!

 

暖炉で温まる室内でのんびり過ごしましたが...この日は...

 

お店の外は霜柱がすごいことに!

この冬最初の寒波が襲来した週末だったのです...

 

いやいや、ここまで氷の柱が伸びるんだと感心。

平野部での霜柱は子供の頃から知ってますけど、ザクザク踏んで遊んでましたがここまではなかったように思います。

 

さて、ここはといいますと...

 

ココ(笑)

 

写真撮り忘れてますが(汗)、霧氷で白くなった涌蓋山がばっちり見えてたロケーション!

九重の山々がもう少し右手(東側)にあります。南側に阿蘇ですね。

 

少しアップ。

もう山です、このあたりは。

 

google Map、航空写真に切り替えましょう。

 

はい!

もうこれ、ポツンと一軒家級ですよ(2棟見えますが、マークがついている方がお店、もうひとつはお住まいの建物)。

 

たぶん、あの一体は店主が木々を切り倒されて今の姿になってるのです。

薪も自分で木を伐って用意されているというお話でした。

 

上からの写真ですから平に見えますが、建物付近が高くてなだらかに丘みたいになってまして、見晴らしの良いところです。

見えている道路も写真で見るよりうんと起伏があります。

お店までの道はすれ違い不可能だよねという区間がけっこうあります、バックしたくないですよね。

 

2月は雪に覆われるのでお休み、というお話でしたのでご注意をですが...

ドライブがてら、いかがですか?(^^)

 

 

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菅原天満宮(大分県九重町) 09:19

九重・黒川方面にドライブした際に、途中でみかけた「菅原天満宮」という文字。

 

天満宮といえば、イコール菅原道真公を祀る神社であるから、菅原天満宮ってなんだか被った感じだよなぁと思っていたら、地名が「菅原」というところでした^^

(下記掲載より、菅原公が立ち寄ったとありますので、それが地名の由来となったのかもしれませんね)

 

九重町(ここのえまち)といえば九重(くじゅう)連山の麓に位置していて、この一帯もしずか〜な雰囲気。

近くには別荘?というような建物が並ぶ一角もありました、避暑として利用されるのかな〜

 

ふと立ち寄りましたので、由緒などまったくわかりませんでしたが...

 

(現地案内板より)

-----

菅原道真公ゆかりの名所

菅原天満宮(別名赤兵子天満宮)

 

もと浄明寺内にあったが江戸時代のはじめ浄明寺が改宗の時、現在地に奉祭したもので菅公が榧(かや)の木の枝で御自信の像を刻んで浄明寺住職観応に形見として与えたという木像が御神体である。

またこの天満宮には村上天皇の御宸筆と伝えられる神号が秘蔵されている。

 

この天満宮は別名赤兵子(あかへこ)天満宮といわれている。

これは藤原氏の刺客に追われたとき、この地の老婆が菅公をかまどの下にかくし赤兵子をかわす様をして助けたという故事によるもので、この天満宮境内の土を頂いて帰り家の回りにまくと災難をまぬがれるといわれている。

 

また菅公は学問の神でもあるのでこの土をいただくと学問がよくできるようになるとも言いつたえられている。

 

大宰府天満宮の御祭典は、この天満宮よりの使者が出府しないと開くことができなかったとの由緒ある天満宮である。

-----

 

九重町の観光協会HPによると、「昭和初期まで、太宰府天満宮の御祭典は、この菅原天満宮よりの使者が出府しないと開くことが出来なかったという由緒ある天満宮です。」とあります。

 

なんと、大宰府天満宮の祀りごとの開催を左右するほどの神社であったということです、ふと立ち寄った山間の天満宮でしたがとても格式を感じさせるところです。

 

注連縄は、これ麻やわらとは違いますね、ビニール製のように思われます。

こういう注連縄もあるんだなぁと逆に感心^^

 

さて、こちらは参道の階段を上がって左側にある狛犬さん。

目が大きくて愛嬌がある感じ。

 

こちらは右側。口を開いてあります。口の中には石の玉があります(口を閉じた方より造るのはうんと大変ですよね)

 

後ろ姿です^^

 

こちらは拝殿脇に鎮座の狛犬さん(右側)

角柱から削りだしたような形状で、角に顔の正面を配置した造形になってます。

ちょいとリーゼント風の頭部という感じ^^

 

こちらは左側の狛犬さん。

先の参道上がってすぐの狛犬さん表情より凛々しいというか、愛嬌より厳しさを感じる表情です。

 

12月に入ると九州でも山間は冷えるのですね〜

りっぱな氷柱(つらら)に子供の頃もこんな感じで寒かったもんな〜と、なつかしい気分になるのでした^^

 

 

→ 菅原天満宮の場所(マピオン)

 

 

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城井1号掩体壕に置いてあるゼロ戦のエンジン【大分県宇佐市】 22:14

前回は

 

→ 城井1号掩体壕(えんたいごう)【大分県宇佐市】

 

掩体壕には、ゼロ戦のエンジン(Wikipediaによると国東沖で引き揚げられたゼロ戦のエンジンとプロペラとのこと)が置いてあります。

 

かなり傷んではおりますが、当時によく作ったよな〜と感心します。

CADとかない時代ですよね?

 

星形エンジン、見るところ7気筒×2列の14気筒みたいです。

出力と空冷効率との兼ね合いで最適化された設計でしょう。

 

何馬力ほど出てたのでしょうねぇ。

 

だいぶんと腐食しておりますね、海中に長いことあったんでしょうから致し方ありませんけども....

 

とにもかくにも、当時の工業技術の高さを垣間見るところであります。

 

 

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城井1号掩体壕(えんたいごう)【大分県宇佐市】 22:44

以前から観光案内などで気になっていたところです。

近くを通る機会がありましたので、立ち寄ることができました。

 

城井(じょうい)1号掩体壕(えんたいごう)。

 

掩体壕とは聞きなれませんが、プロペラエンジンが置いてあることからお察しのことと思いますところ、軍用機を敵の空襲からまもるための施設。

第二次大戦の遺構です。

 

現地案内板より。

-----

市指定史跡 城井1号掩体壕

所在地 宇佐市大字城井159番地の3

規模  幅21.6m、奥行き14.5m、高さ5.4m

 

宇佐海軍航空隊は1939(昭和14)年10月1日、練習航空隊としてくつられました。

しかし、米軍の空襲をうけるようになった1945年の太平洋戦争末期には特別攻撃隊の基地となり、多くの若者が南の空へ飛び立っていきました。

 

掩体壕とは軍用機を敵の空襲からまもるための施設です。

柳ヶ浦地区を中心として飛行場の規模は、東西1.2km、南北1.3kmで約150haもありました。

現在、航空隊のあとは水田や宅地となっており、その面影を残すのは10基の掩体壕などわずかな遺構だけです。

 

宇佐市では戦後50年の節目を平和元年とし、この負の遺産を平和のシンボルとして21世紀に伝えることにしました。

その第一歩として、平成7年3月28日に城井地区にある掩体壕1基を史跡にしていしました。

そして、平成9年度にはこの掩体壕と周辺用地を買い上げ、自治省の地域文化保全事業として史跡整備を実施しました。

-----

 

ちなみにここに来るまでの途中の道路が、滑走路跡地となっていました。

 

宇佐航空隊では、零式艦上戦闘機52型、97式艦上攻撃機、99式艦上爆撃機22型、1式陸上攻撃機24型などが見られたそうです。

 

当時のコンクリートも強いものですね、感心します。

 

掩体壕内部。

置いてあるのは、ネットで調べたところ、ゼロ戦のエンジンとプロペラだそうです(星形エンジンですね)

 

手前の高い部分はコンパネを用いてアーチ状のコンクリート構造となっていますが、尾翼が収まる部分はそれほど強くない感じですね(実際の構造はわかりませんけど)

 

まだまだ強度的にはしっかりしていそうに感じました。

 

最奥部には穴があるんですね。

これは何のためでしょうか... 掩体壕からは後方となるエリアを目視確認するため、なんでしょうかねぇ。

 

掩体壕の裏側からみたところ。

円墳かな?という光景です。

 

最奥部の穴ですね、外から見るとこんな感じです。

目視用としては見えるエリアが狭いです...ううむ。

 

宇佐には10基の掩体壕が残るとのことですが、公園整備されているここ城井1号掩体壕のすぐ近くには...

 

個人所有となっている掩体壕。

農機具等を入れられていて納屋として活用されてました。

戦後、払い下げまたは用地返却?になって今に至っているのでしょう。

 

少し離れたところにある、あのこんもり円墳みたいに見えるのも掩体壕。

あちらも倉庫として活用されてました。

 

大事な記憶を残す一帯なのでした。

 

 

→ 城井1号掩体壕の場所(マピオン)

 

 

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