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大島大橋 【長崎県西海市】 22:14

先日佐世保方面にドライブしたときのつづき...

 

かなり南下して...西海橋も通過して...やってきたのは...

 

大島大橋。

山口県にも同名の大島大橋があるようですね(あちらはトラス橋)

こちらは斜張橋(しゃちょうきょう)です。

 

住居や実家からほど近いところ、柳川〜大牟田間にある有明海沿岸道路の矢部川大橋も斜張橋ですね。

あちらは4車線(より広い)をカバーしているのでもっと幅広な橋ですが、形はやはり似てます。

 

写真では奥側が九州本土、手前が大島となります。

橋の袂は公園化されてました。

 

碧い海に青い空と映える白い橋。

何も考えずにやってきましたが、すこぶるよろいしいロケーションでした^^

海上保安庁の船もやってきて、パシャリ!

 

ちなみにこちら、開通当初は有料だったんですね(普通車で300円)

2011年4月に無料開放されたそうです、島民の方々の利便性、かなり向上でしょう。

 

大島にはこれといった観光はない?感じですが、この西海市近辺はまた散策に訪れたくなりましたね〜

 

大島大橋の場所(マピオン)

 

 

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展海峰 【長崎県佐世保市】 08:17

午前中までは雨、という日の昼下がりに到着。

初めてです、展海峰...

 

九十九島が180度のパノラマで広がる、として大人気スポットです。

 

雨上がり直後で雲が日差しを遮り気味で、なかなかスカッとした見晴らしになってくれませんでしたが、それでもご覧のロケーションは素晴らしい〜

 

ちょうど正面には遊覧船の姿も(以前乗ったことあります^^)

 

右手に視線を移すと奥に佐世保市内。

自衛隊や米国軍艦などがいくつも見られます、軍港でもありますなぁ。

 

夕陽狙いでもまた来たいところですね〜

 

展海峰の場所(マピオン)

 

 

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両子岩(ふたごいわ)【長崎県南島原市】 23:50

島原半島の南側をドライブしました際、海岸沿いを走っていますとちょいと気になる光景が目に飛び込んできました。

徐々に近づいていくと、ちょょうどよく路肩が広くなってます。

キュキュッと止めて、はい見学^^

 

はいこちら、両子岩(ふたごいわ)だって。

この日は霞んだ景色でございました...

 

なんとなく顔に見えますねぇ...

髪の毛が上部しかない感じ?

小さい丸い目もあるように見えてしまうし...

 

レンズを換えてさらにアップ!

 

案内板にありましたが、アゴ辺りから下部分は補修されているようです。

まぁ侵食激しいでしょうからねぇ...

その補修で、アゴあたりがまたヒゲみたいに見えなくもない...

 

その案内板がこちら。

1922年に倒れてしまったそうですがさらに大きな岩があったようで、それで両子岩と呼ばれているのですね。

 

余談...

案内板のタイトル両子岩の下にFutagoiwa Rockとありますが、iwaとRockは重複になりますよねぇ。

たまたま先日眺めた案内標識で、大分県国東半島にある両子寺(ふたごじ)の下にも、Futagoji Templeとあって、これもjiとTempleは重複...

Futago Rockや、Futago Templeとなりそうなところながら、「名称」+「Rock、Templeといった英単語」とする方が外国の方々に分かりやすいということでしょう...かね^^

 

両子岩の場所(マピオン)

 

 

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山梔窩(さんしか)【福岡県筑後市】 23:19

昨夜アップしようとした記事で、ほぼ完成して公開直前の操作ミス...

ということで改めまして^^

 

実家へのルートはいくつかありますが、そのひとつに筑後市市街地の西側を走るときがあります。

その際に、気になっていたのが歴史ある建物?と思しきこじんまりとした建物があるのですが、いつも門が閉められ見学できるような雰囲気ではありませんでした。

ところが、ここ数年、その門が開かれ見学できそうな様子を見ることが...

とはいえ、なかなか立ち寄ることができなかったのですが、今回は公開されている上にたまたま時間がある!

 

それがこちら。

 

山梔窩(さんしか)

 

見学無料が嬉しいですねぇ^^

平成28年度は、土、日、祝日、休日のみ午前10時〜午後4時まで公開されている様子。

ん? 土、日、祝日以外の休日っていつのこと?

たしか祭日は現在存在しないって聞いた気がしますし...あ、余計なことでした(笑)

 

さて立ち寄ったのはいいですが、事前情報は皆無なのでまずもってここは何?という状況。

すると入口横に案内板がありました。

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福岡県指定文化財(史跡)

山梔窩(真木和泉守謫居地) 所在 筑後市大字水田242-1

 

この山梔窩は、倒幕運動家・真木和泉守保臣(まきいずみのかみやすおみ)(1813〜64)が、嘉永5年(1852)から文久2年(1862)まで、9年9ヶ月にわたって謫居(たっきょ)したところです。

 

和泉守は、久留米水天宮の第二十二代神官で、久留米藩の藩政改革を試みました。

しかし、守旧派重役らの反対により失敗し、水田天満宮の神官である実弟の大鳥居理兵衛(おおとりいりへえ)方に謫居を命じられました。

その時の住居が山梔窩です。山梔窩は「クチナシノヤ」(山梔=くちなし、窩=小屋)とも読み、東西三間、南北二間半の茅葺平屋建で、四畳半と四畳の小さな家です。

 

和泉守は、この山梔窩で近郷の青年たちを集めて教育しました。

その中から渕上郁太郎・謙三兄弟や、古賀簡二・水田謙次など、幕末に活躍した倒幕運動家が育っています。

また、平野国臣・清川八郎・宮部鼎蔵などが訪れて、勤王倒幕運動をおこすことを話し合いました。

 

文久2年(1862)2月16日、和泉守は山梔窩から脱出を決行し、薩摩藩に向け水田を後にしました。

その後、元治元年(1864)禁門の変(蛤御門の変)に参戦し、敗れて京都の天王山で同士16名とともに自刃しました。

享年52歳でした。

 

和泉守は、勤王倒幕の理論実践の先駆的な指導者でした。

この山梔窩は明治維新の原動力となった人々を生み出した場所です。

 

※謫居とは、罰をうけてひきこもっていること。とがめをうけて通りところに流されていること。

-----

 

倒幕活動家...だったんだなぁ、真木和泉守って...

 

敷地内には、こじんまりとした茅葺屋根の建物と石碑があります。

当時は石碑はなかったでしょうねぇ。

 

ほんとかわいいサイズの建物という気がします。

建物回りを見学していると、建物内から

「どうぞ上がってみていってください」

という声。

ボランティアの方でしょうか、ちょっぴり年配の女性が山梔窩の案内をされていました^^

 

庭の方から室内をパシャリ。

四畳半のお部屋ですね。

建物も古いですが、扇風機もこれまたレトロで良いですね(そんな話を係の方としてみたり・笑)

 

室内には、ディスプレイがありますがそこで真木和泉守の歴史映像を見ることができます。

波乱万丈な方ですね。

まず、久留米藩政の改革が失敗して、ここに約10年謹慎...

それから薩摩を訪れその後に京都に上り活動するも、寺田屋事件が起こり拘留され久留米へ送還...(幽閉)

その後朝廷より赦免の沙汰があり解囚。

それから再び倒幕運動を行うも、保守派により拘束...

と、まぁよく身柄拘束をされてございます。

 

そもそも山梔窩にて謹慎処分となった際、山梔窩という名には「くちなしのや」というところからも「藩政に口を出し蟄居(ちっきょ)を命じられたことに、以後は何事にも口を出さない」という意が込められたそうですが、藩政どころか王政復古の活動に邁進されているわけですから、この地に留まるような器ではそもそもなかったようですね。

 

こちらが四畳の間です。

当時はこの狭い二つの部屋のどちらかで教育がされていたのでしょう。

 

真木和泉守の名前は知っていました。

久留米にある水天宮の境内に、真木神社があり、銅像もあります。

さぞや偉業を成し遂げた方なんだろう、という感じで眺めていましたが、まさかこういう人物であろうとは...驚きました。

改めて水天宮の境内案内(HP)を確認したら、山梔窩(くちなしのや)の復元建物もありました。

たぶん非公開だったと思いますが、ここ山梔窩を再現されているそうです。

 

それに山梔窩からすぐのところに当時実弟が神官であった水田天満宮があります。

九州には総本宮となる大宰府天満宮がありますが、九州第二の天満宮とも言われる水田天満宮と水天宮との関わりがあったのですね。

 

現地では、パンフレットも配られていて真木和泉守の歴史が記されています。

ちょっと紹介しきれませんが、倒幕運動にここまで人生を捧げる、なかなかできませんね。

何がそこまで駆り立てたのでしょうか、日本の将来、しっかり見えておられたのでしょう...

 

蛤御門の変にて自刃しますが、その3年後には大政奉還が実現しています。

激動の中で大きな波紋を投げかけた人物、真木和泉守のことが少し分かりました。

また水天宮に行って、真木神社の参拝、山梔窩(くちなしのや)を拝見してこようと思います。

 

→ 山梔窩の場所(マピオン)

 

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続・国崎半島の灯台へ...【長崎県雲仙市】 21:46

前回は

 

→ 国埼半島の灯台へ...【長崎県雲仙市】

 

夏真っ盛り、この階段は「行きは良い良い、帰りは怖い」だよ、と本当に思いつつ茂る木々の中を下りていく階段を進むと...

 

茂みから抜けるとこのような光景が広がります。

ざっくりと前方から右手が橘湾、左手が外海というロケーションです。

 

ここは国崎公園キャンプ場と地図にありましたように整備されてます。

トイレも整備されてます...が、若いお姉さんにはちょっとつらい?(笑)

 

外海方向です。

対岸は長崎半島、長崎ペンギン水族館がある辺りじゃないかな〜

 

ひょっこりと出ているあれが国埼灯台ですね。

行ってみましょう。

 

外海とは反対側はこのような砂浜(海水浴場)です...

本来はこの海岸沿いに遊歩道が整備されていて、ここまで港から歩いて来れたはずなのですが...ううむ。

また整備されることあるでしょうか^^

 

それにしても、夏真っ盛りに訪れたのですが、誰もいません。

なんででしょう...暑すぎだったかな?

 

こんな木が...

なんていう木でしたかね、気根が下がってちょっと夜見たら不気味そうです...

 

小高いところからは灯台が分かりやすかったのですが、地上ではこのような木々がけっこう茂ってまして灯台が見え難い。

たぶん先の方にあるはずと進んでいくと...

 

神社がありました。

しかしちょっと入りにくい状況でしたのでここで引き返すことに...

きっとこの先にあるのだろうけど道がないし、灯台にはいけないな〜と思って引き返していると、灯台は手前にありました(通り過ぎてました・笑)

 

こじんまりとしてますね。

塗装がちょっと薄れ気味^^

 

長崎国埼灯台とあり、初点は平成10年3月とされてました、新しいんですねぇ。

説明案内等はないようで、どのような灯器があるのか気になるところでした。

 

と、辺りを散策したところで、また車のあるところまで階段を登ります...

猛暑の満喫気分、でありました(笑)

 

ともあれ、灯台を確認できて満足です。

 

島原半島 雲仙国埼灯台の場所(マピオン)

 

 

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国埼半島の灯台へ...【長崎県雲仙市】 10:15

先日の雲仙ドライブから^^

 

灯台がある、と知ると行ってみたくなる...のは私だけ?

 

今回のご紹介はここ^^

雲仙一帯の島原半島からちょこっと出ているのが、国崎半島。

 

拡大すると、ほら、雲仙国埼灯台って文字が^^

でもって、島原半島県立公園という文字まであって、ここは公園化されてそうですね。

行ってみよ〜という気分になるのは至極当然(笑)

 

まず、上の地図で「島原半島県立公園」という文字があるところを目指しました。

そこから灯台へと行けるのだろうと...

 

港の端に車を止めて、海岸沿いを進もうとすると...

 

整備された遊歩道...らしいのですが、いきなり損傷が大きい!!

これ、港からすぐのところです。

ちょっと先が思いやられる...?

 

100mも進むと、遊歩道がこんな姿に...

足場は悪し、めちゃくちゃ暑いし(その日はまだ夏真っ盛りでしたから)で、嫁さんとチビ助は引き返してしまいましたが、ここで引き下がるわけにはイカン!

と、もう少し進みます(涙)

 

それにしても嵐でこんなになっちゃうのでしょうね。

波の力って凄いなぁ...

 

もう少し進んで国崎公園キャンプ場を確認...

しかし遠い!

でもって遊歩道の姿はもうない...

 

あそこまで行って、またここを引き返すのは時間的にも厳しい、と一旦ここで引き返すことに。

 

海岸ルートはダメだ!

遊歩道があんな状態ですから、違うルートがちゃんとあるに違いない!

 

そこでもう1度地図を確認すると、キャンプ場の方へ伸びている道があります。

ということで、再挑戦^^

 

いかにも生活道路...という広くない道路を進むとちょっとした駐車場?を発見。

そこから歩きで小路を進むと...

 

おお、いかにも観光地らしい立て札が(安堵)

 

このルートで間違いないらしい。

と、この先を進むことになるのですが、けっこうな高低差で階段が続く...

 

こりゃあ、行きはよいよい、帰りは怖い、だよ(超猛暑時に訪れたもので、もうこの時点で汗だくで)

つづきます。

 

島原半島 雲仙国埼灯台の場所(マピオン)

 

 

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棚畑展望台【長崎県雲仙市】 08:59

立ち寄る予定ではなかったのですが、看板を見つけて立ち寄ることに...

駐車場が数台分あり、

 

少しだけこのような路地を抜けると...

 

まだ新しい?展望台が現れ...

 

このような光景が広がります^^

訪れたときには、時期的に作付けされてないようですが、ここはジャガイモ畑ですね(馬鈴薯)。

 

棚田という文字はよく見ますが、棚畑というのは新鮮。

確かに、田があれば畑もありますよね、この一帯の畑の枚数は相当なものですよ。

棚畑約800枚あるようです。

 

また遠くにも棚畑が見えてましたし、右手に90度ぐらい目を移しても...

 

こちらにも広がる棚畑。

ひとつ前の写真よりも近代的な整備をされた感がありますね、さすがジャガイモの産地として有名なだけあります。

長崎県は北海道につぎ全国2位のジャガイモ生産高を誇るのです。

 

それではひとつ前の方角をズームアップ...

 

うん、こちらの棚田の方が複雑で、よくここまでして農地開拓したな〜と思わせる光景です。

奥に見えるのは、橘湾とその向こうに諫早〜長崎方面(長崎市街地は山の向こう側)。

 

さらにズームアップ...

 

なんだか阿弥陀くじができそうな(笑)

ひょっこり立ち寄りましたが、なかなか素晴らしい光景でした。

 

棚畑展望台の場所(マピオン)

 

 

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鍋冠山【長崎市】 09:36

5月中旬に訪れたときのことです。

まぁ、風景はそう変わらないと思うのですが^^、展望台などは整備途中でした。

 

立派な展望台、まだ外構工事というのか、公園全体の整備工事が行われていました。

少し前に聴いたラジオ放送では、現在は10台ほど?の駐車場ですが今後広く整備される計画があるみたいなこと言われてましたね。

 

展望台からの風景。

対岸には三菱重工の長崎造船所などが広がり、その奥に夜景でも有名な稲佐山が見えています。

 

稲佐山(標高333m)に比べるとこちら鍋冠山は標高169mと低いですが、その分夜景も近くに見えて綺麗、というお声でした。

この日、夜はがっつり飲んでいて夜景どころでは...(笑)

 

視線を左手(南西?)に向けると、女神大橋があります。

奥には三菱重工 長崎造船所 香焼工場が見えてます。

 

明治日本の産業革命遺産 長崎造船所「ジャイアント・カンチレバークレーン」

巨大ですな。1909年製、150tの吊上能力を持ち、電動気モーターで駆動するそうです(現役活動中)

 

今は船がないですね。

大型客船もここで造られていたように聞きましたが...

 

右手の白いビルは三菱重工の長崎造船所 本館。

その道路向かいにもドックがありますね、戦艦武蔵はここで造られた...とか?

 

要予約なのでしょうけども、工場内を見学することができるそうです。

一度行ってみたいなぁ^^

 

 

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大波止の鉄玉(別名 鉄砲玉)【長崎市】 23:57
先週末、長崎市を訪れる機会がありました。
そのメイン予定の合間にちょいと時間がありましたので、長崎駅近辺を散策^^


JR長崎駅です。
写真には写ってませんが、左手にはJR九州が運営するショッピング施設〜ホテルがあります。

長崎新幹線が何かと話題なのですが、開業する頃にはこの駅も大改装があるのかな〜などと眺めてまいりました。

その後ぶらりと歩いていたら...目に入ってきたのが...


何か歴史ありそうな...モニュメント?


見るからに鉄の玉が鎮座しておりますが、これはいったい...
ということで、案内板を見てみますと...(抜粋)
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市指定有形文化財
大波止の鉄玉(別名 鉄砲玉)
周約175cm、短径約52cm、長径約55.7cm
台座3段 総高132cm
材質 鉄製(推定) 江戸時代

この玉の由来については、江戸時代当時から不明な点が多い。
古来より長崎名物の一つとして有名であるが、当時これ程大きな鉄製の玉は他になく、これを鋳造した技術者は、長崎の鋳物師(いもじ)以外にはいなかったと考えられることから、我国鋳物史の上からも貴重な資料である。
製作年については、史料では1700年当時不詳とされているものの、長崎の鋳物師阿山一族が盛んに活躍し、大きな梵鐘などを手がけた17世紀中頃と推測される。
この玉については、大砲の弾丸ではない可能性があり、江戸時代、呼び名も定まらなかった背景もあるため、文化財指定にあたり、「大波止の鉄玉」と呼称し、長年の愛称「鉄砲玉」を併記することとした。
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まずこれが、台座手前にある案内板(鉄製)の内容です。

これより古い説明が台座に取り付けられた石彫板にありまして...
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大波止の鉄砲ン玉の由来

島原の乱で一揆が立てこもった原城を攻略するため、寛永15年(1638)正月、長崎で鋳造された石火矢玉と言い伝えられるが、正確な記録はなく、砲身もまた実物・記録ともにない。
実用に供されることなく、以後350年間大波止に置かれ“鉄砲ン玉”と親しまれた長崎港の名物である。
直径56cm・重量560kg

長崎七不思議の一つに“玉はあれども大砲なし”という。地元の元船町がくんちに出す傘鉾の飾り物に、このひな型を用いている。
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なるほど...
何のために作られたか分からない大きな鉄玉...
長崎七不思議の一つか〜^^

太平洋戦争では物資不足であらゆる金属が軍用に転用されてますが、造船所のあるこの地でこの鉄玉は無事だったんですね。
なんだかちょいと不思議に思います...ね。

とにかく不思議発見、散策してみてよかった^^


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日本一の石段です(4) 釈迦院 16:04
前回は

→ 日本一の石段です(3)

通信制限もありましたが、いやはや年度末から年度初めにかけてお仕事上ではいろいろ重なってます。
業務系システム導入・新年度稼動ということで、例年ないこの対応がまだまだ心配...です^^

ということでちょいとブログ更新が滞っておりましたが久しぶりにアップします。


日本一の石段、上り終えてからも石畳の遊歩道が整備されていました。
釈迦院へ続くこの遊歩道、長さは1,050mと案内がありました。ゆっくり歩いて15分程度ですね。

よく整備されています。
日本一の石段とあわせて整備された遊歩道でしょう、そもそも釈迦院への参道という位置づけのようでございますし。
従来より石段側からの参道があったのかは分かりませんけども...(釈迦院へは車でも来れる本来のルートが別にありました)


途中の東屋より。
この日はご覧の見通し状態で、写真のコントラストを上げましたが、まぁ遠くはうっすらと見える感じ。

左手が八代海(不知火海)、その先に伸びているのが宇土半島(三角半島)、でその先端から天草へのルートがつながっています。
半島の右手は有明海なのですがよく分かりませんね。


てくてく進むと見えてきました、かなり古い建物...
どうやらこちらが釈迦院のようです。


けっこうな山間にあります。

現地案内板より
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金海山釈迦院(きんかいざんしゃかいん)

釈迦院は、西比叡金海山大恩教寺延暦18年(799)桓武天皇の勅願によって、天台宗の名僧装善台師(←※大師とは書いてなかった)が開基したものです。
当時hあ、寺院が谷や峰にところ狭しとばかり75も立てられ、毎日多くの信者が訪れ、天台宗を基に真言・禅・浄土など八宗兼学の道場として栄えたといわれています。
天正年間(1588頃)には、宇土城主小西行長の焼討により廃墟となりましたが、加藤清正の子忠広によって山門が再建され、その後本堂や客殿も改築され現在に至っています。
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小西行長によって焼討ですか...
延暦寺のように当時は兵力を蓄えていたのかもしれないですね。
かなり栄えていたようですが、いまでは住職もおられないようで荒れた状況がもったいない...


朱色の仁王像が印象的な山門。


そして本堂...
改修のための寄付が募ってありました。

鎌倉時代、平安時代の仏像などが数体が熊本県、泉村の重要文化財に指定されているとのこと。
往年の繁栄...までは難しいにしても、もすこしなんとか整備されたら良いのになぁと思うところでした。

とはいえ、次回また3,333段の石段を上がってきたらまたここまで足を運ぶような気がしますね^^

・・・
その後昼食にパン等を食べて、さて降りるか...となった日本一の石段。
予想に反して、私よりチビ助の方が

「足がカクカクする〜っ!」
「ちょっと待って〜っ!」
「あ〜☆△□×☆」
「あひゃっ、あひゃっ!!」

でもって上ってくる人にはご丁寧に

「足がカクカクです!」

とあらゆる方に伝えまくり(笑)
とあるご婦人から

「まぁ、あんな若い子がカクカクならあたしどうなるの?」

なんて余計に不安にさせておりましたけど(爆)

ま、とにかくチビ助は下りるのが大苦戦でした(笑)
私の方は下りる最中はまぁそうでもなかったのに、翌日から足全体が筋肉痛(3日ほど酷かったですよ)
その点、チビ助の方が治りは早かったようですね(--)


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