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大王崎灯台(1) 23:02

横山展望台から続いては、大王崎灯台へとやってまいりました。

 

ナビの案内するとおりに進むと小さな漁港に到着、すると待ってましたとばかりの駐車場で手招きするおいしゃんの姿。

他に駐車場らしき看板もないし、探し回る時間もないし...と駐車(おいくらでしたっけ・汗;)

 

案内したおいしゃんから、灯台へのルートと帰りはぐるりと回ってあの赤い屋根の家の横から戻ってこれますから、なんて案内を聞いてルートを進みます。

以前はもっと観光地として流行っていたんじゃないかな、という面影はあります。

お土産店もけっこう並んでますしね(ただ、今は閉まっているお店も多く、また全体になつかしすぎる雰囲気になってます)

 

灯台に向かう途中に、八幡さん公園という案内がありました。

灯台から少し離れた海への出っ張りが小さな公園になってましたが、そこからの灯台は...

 

こんな感じ。

素晴らしい海と空と灯台^^

 

日本の灯台50選に選ばれているそうですよ。

 

少しアップ。

断崖絶壁からの海、灯台には適した場所ですねぇ。

 

一番上の写真にも写ってますが、この公園からは気になる存在がこの海の中にある岩。

 

公園内でもっとも海よりからこの岩を眺めると...

 

おサルさんかゴリラの横顔に見える〜

眉毛部分の造形に加えて、ちょうど岩の割れ目が入ってそれらしく見える口元が絶妙!

 

なかなか良い感じですね。

 

八幡さん公園と案内がありましたが、波切九鬼城址とのこと。

 

(現地案内板より)

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【波切九鬼城址】

波切九鬼氏初代 隆良が室町時代にこの城山地区に波切城を築城。

波切は志摩地域の海路の要衝に位置し、鎌倉時代初期より沿岸の拠点として重視されていた。

そのことから波切城は外敵の侵入に備え、太平洋を見下ろす岬の突端に築城されるなど、水軍の将らしい城であったといわれている。

築城後は、この城を拠点としてさらにその勢力を広げて行き、嘉隆の時代になると、織田信長方に帰属し、志摩一円を統一した。

信長死去の後は豊臣秀吉に属し、鳥羽に城を備え、九鬼水軍としてその名を天下に轟かせた。

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それともうひとつ...

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【絵かきの町】宣言

私たちの町は雄大な太平洋と波静かな英虞湾の二つの景勝地にいだかれ、白亜の大王崎灯台や石垣、石畳の坂道、ともやまの夕景、また、その美しい自然環境の中で生活する人びとなど、多くの絵を愛する人たちの創作意欲をかきたて、昔から絵描きの町として広く知られてまいりました。

私たちは、この恵まれた環境を大切にするとともに、キャンパスをとおして町のすばらしさを再確認し、住民の文化意識の向上はもとより、数多くの人にこの美しい景観を知っていただけるよう、「絵かきの町」宣言しました。

平成8年3月14日

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絵かきの町...

どおりでと言うべきでしょうか、訪れたときはこの付近では多くの学生が絵を描いてました。

聞くと、合宿で来ているんだとか。

良い作品ができていればいいなぁ、ま、坊主頭の私が描かれて登場する絵はないでしょうけど...ね(笑)

 

大王崎灯台の場所(マピオン)

 

 

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Comment








スカイブルーにマリンブルーに白亜の灯台。
良い日になりましたね〜
「おサルさんかゴリラの横顔」は撮影角度が最高、バッチリです!
posted by ひまる。 | 2017/11/25 4:52 PM |
ひまる。さん、こんばんは。

もっとアピールしたらいいのに、と思うスポットです。
何かで紹介されていたように思いますが、現地では案内もなかったような...もったいないです。
壱岐にも猿岩と呼ばれる景勝地がありますが、それを小さくした感じに見えましたね(向きは逆ですけど)
いつもありがとうございます。
posted by ゆったり人 | 2017/11/27 11:30 PM |
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